シルバーペーパー

秘密結社「シルバーペーパー」

中国の独占規制

成長率の鈍化でとやかく騒がれているが、それでもなお中国の経済成長は目を見張るものがある。経済自由化以来の著しい発展のせいか、中国人の資本主義に対する信奉は米国人よりも厚いとの調査結果まで出た。今後中国でどのような改革や政変があるにしても、大衆に強く支持される市場経済体制が揺らぐことはないだろう。

2008年から施行された独占禁止法は同国の経済自由化の画期である。権力濫用の規制、消費者利益の保護、世界経済との統合を推進するための市場ルール作りに中国政府が取り組み始めたと肯定的に受け取りたいところだが、実際には海外企業への法執行が積極的に行われる一方で、大規模な競争制限行為や国有企業への対応が鈍く、恣意的な運用がなされているとの強い懸念がある。企業が国境を跨ぐのが当たり前になった今日では市場競争や特許にまつわる共通ルール策定が喫緊の課題であり、日米欧の間では特に積極的に検討されているが、経済開放に向けた民族資本の育成に熱心な中国では未だその足取りは鈍い。本稿では中国独禁法の簡単な概説を試みる。

中国の独占禁止法

中国独禁法は主にEU競争法を参考にして起草されたが、同法の執行体制が多少独特である。既に世界標準に近い地位にあるEU競争法は「企業結合」を除いた独占行為について、複数事業者が共謀して行う「共同行為」(EU機能条約101条「競争制限的協定・協調的行為」)と、事業者が単独で行う「単独行為」(EU機能条約102条「市場支配的地位の濫用行為」)の二つに大きく分けている。中国の独禁法も中身はほとんど同じだが、「価格独占」と「非価格独占」でそれぞれ別の規制当局が並存することが特徴である。

価格独占

「価格独占」は価格に関わる独占行為に当たり、具体的には水平的価格カルテル、垂直的価格カルテル、不当廉売、差別対価などである。「非価格独占」は価格以外の独占行為であり、具体的には市場分割・数量制限カルテル、抱き合わせ販売、取引拒絶などである。前者は「国家発展改革委員会」(以下、発展改革委)が、後者は「国家工商行政管理総局」(以下、工商総局)が主管する。公正取引委員会が一元的に独禁法を運用する日本とは対照的だが、一つの行政領域で複数の行政機関が競合することは中国では珍しいことではない*1

独禁法の執行者

独禁政策に基づいて最も活発な執行が行われているのは発展改革委による価格独占規制である。これは物価動向が民生に直結すること、発展改革委が中国政府内で主導的な地位にあること、人員を増やして積極的に体制作りに励んでいることなどが理由である。執行機関を分けることにどれほどの合理性があるかは怪しい。マクロ経済政策の全般を統括し、物価調整の専門部局を抱える発展改革委が価格独占を専ら規制するのは一見理に適っているだろう。しかし、両当局の行政能力の違いから生じる執行体制の不備が現に生じている状態では、外資のみならず国内企業からも中国政府の市場監督について厚い信頼は得られまい。同じく競争法の執行機関が分かれている例としてはアメリカがあるが、競争政策に併せて消費者保護も主管する連邦取引委員会と、刑事罰をもって制裁を行う司法省反トラスト局との棲み分けは中国と事情が異なる。企業結合は従来通り商務部の管轄に留め置くのをよしとしても、独占規制の機関は早期の統合が望ましい。執行状況の情報開示、国有企業の独占行為に対する制裁強化、人員増による能力の向上も残された課題である。

展望

かつての日本も戦中に築き上げられた統制経済の空気が長く尾を引き、官製カルテルの横行や土建業界の談合体質が嘆かれた。しかし、’90年の日米構造協議以降は日本でも経済の自由化が進み、独禁法の執行体制も今日では世界標準に近いところまで到達した。海外の例から教訓を得られる中国は、日本よりずっとスムーズに競争政策を推進させることができるだろう。政治に左右されない秩序ある市場は万人に利益をもたらす。これは中国においても不変の法則のはずである。

参考資料:『公正取引 No.762』川島 pp.2-7、中華人民共和国(China):公正取引委員会

*1:ただし、上部に企画・調整のための「独占禁止委員会」が置かれているので、一応の一体性は保たれている。