シルバーペーパー

秘密結社「シルバーペーパー」

「ごっこ」をついに全巻読了した。

いやー、素晴らしい。やっぱりこの人は天才だ。

という訳で小路啓之「ごっこ」レビュー。

ごっこ 1 (ジャンプコミックスデラックス)

あらすじ

ロリコンニートの主人公は、すでに死んだ父親を床下に隠して親の年金で暮らしていた。何も変わらない苦痛な毎日、もういっそ死んでしまおうと首をくくる用意をしていたその日、となりに住む一家から虐待を受けている娘を見つけた彼は最期の犯罪を覚悟する。衝動に身を任せて少女を奪い取り、まだその幼稚園児くらいの娘をレイプしようと抑えつけるのだが、直前でその娘に「パパ」と呼ばれたことから、男は行為に踏みとどまった。

そして幸か不幸かそのまま記憶を失った少女と共に、二人の家族ごっこの始まりがスタートする。主人公は少女にヨヨと名前を付けた。無気力だった主人公は子供を養うために手に職をつけ、真っ当な生活を歩みだす。2巻までは二人の奇妙な共同生活が描かれていく。普通の家族、普通の日常、ただ二人の間には他人に言えない秘密があっただけ。

しかしある日を境に、主人公は娘の記憶喪失が演技だと気づいてしまい、二人の関係はギクシャクし始める。

ごっこ 1 (ジャンプコミックスデラックス)

ごっこ 1 (ジャンプコミックスデラックス)

小路啓之という作家について

この小路啓之には、アニメーターでいうと湯浅正明あたりと似たような感性を感じる。初期短編からイハーヴの生活・かげふみさん・来世であいましょうと通して追いかけてみて、ああこの感覚は初期の湯浅監督そっくりだなと思ったのである。それはマインドゲームやケモノヅメカイバといった湯浅作品にあった、ラストの占め方の突飛さ、奇抜さ、ある種の超越的な感覚が似ているからだろう。

本作ごっこ以前の彼の作品には共通した結末のカタルシス感があった。すべてが行き詰まり、閉塞し、どん底の中で藻掻きながら気合だけですべてを超越してビターな結末を迎える、一種のテンプレートが存在していた。私はこれが好きだったが、逆に多くの人を寄せ付けない原因の一つにもなっていたように思う。

でも今回のごっこは違う。たしかに結末に至る構成は突飛だが、人間描写はとても地に足がついていて、どうしようもなくリアルだ。今までのようなファンタジー感のない結末で、良い意味で堅い作品になっている。

誰にとっての「ごっこ」だったのか

それにしても書名である「ごっこ」の意味は深い。彼と娘の関係もごっこだったし、娘と虐待する親も家族のふりをした家族ごっこだった。

そしてまた、「ごっこ」は単なる主人公にとっての父親ごっこではなく、ヨヨにとっての娘ごっこでもあった。

なぜ子供は可愛い造形で生まれてくるかわかるかい?

だって彼らは自分だけで生きる術を知らないから

誰かに依存しなきゃ成長できない

そのためにはどんな嘘だってまとうんだよ

ヨヨのついた嘘に気づいた瞬間、偽物の「父親」と「娘」という関係、その真の主従関係が逆転する。果たして「パパ」と呼んだのは防衛反応に過ぎなかったのか。娘は自分がレイプしようとしたことも全て知っている……ここからは本作最大の見せ所かと思う。

最終巻はいきなり十年後、主人公がヨヨの実母の殺人によって収監されたところに、本名を変えた娘が訪ねてくる。そして面会室で出会った二人が殺人に至るまでの記憶を、回想を交えつつ始まる。かつての父親と娘、そして今や殺人犯と被害者の娘となった今、向かう先はどこにあるのか。

誘拐、殺人、投獄、そして別れ――主人公と娘に起きた境遇はあまりにも悲惨で壮絶で、でもそんな絶望の中に一筋の救いの光がみえる完璧なラスト。

殺人犯とその娘のいびつな「ごっこ」の終焉に思わずくらりとした。

ごっこ 2 (ジャンプコミックスデラックス)

ごっこ 2 (ジャンプコミックスデラックス)

ごっこ 3 (ジャンプコミックスデラックス)

ごっこ 3 (ジャンプコミックスデラックス)