或銀紙の一日-後編-
1. ぼくは空想しプランを立てる。
ぼくのことをお話しましょう。
ぼくは貧しい黒人です。
ぼくはよくS教室の隅っこで丸まって空想しプランを立てます。
その多くは学生起業家についてですが、ぼくはロシア語や上坂すみれやTwitterについて考えます。
最近はよくホモについて考えています。ホモというのは男に好意を持つ男のことですが、上坂すみれではありません。
つまり上坂すみれでないということは、ホモということです。机の上に「上坂すみれ」と書きます。
すみれとはスミレ科スミレ属植物の総称のことで、彼らは被子植物真正双子葉類です。
彼女にとってすみれという名前を付けたのは、何かしら意味があるのでしょうか。
ぼくはたくさんのことを考えます。机の上坂すみれを消しゴムで消すと、そこには誰もいなくなりました。
誰もいなくなりましたとは言いましたが、最初から誰も居ませんでした。そこに違いはあるのでしょうか。
教室の隅では、黒板は遠くて見えませんし教授の声もよく聞こえません。暇なのでぼくは眼球をマッサージします。
目を開くと教授と目があったような気がしました。
「大学生でバイトしてる奴はキチガイだ。健常者はなんと少ないことか」
ぼくの空想するプランの中にはバイトをするというものはひとつもありません。
あったかどうか確かめようとしたのですが、空想したプランを書く紙を買おうと空想しプランを立てたばかりだったので
ぼくは確かめることができませんでした。
2.くしゃみをしたら鼻がとれたこと。
授業が一段落ついたため、空き教室に陣を構えて先ほど道端からちぎり取ったすみれの花を机の上におきます。
中はひどく冷え込んでいて、ぼくはびっくりしたので暖房を30℃に設定して待ちます。
すみれの花を見ていると、心の奥底から叫び声が聞こえてきました。
「学生運動がしたい」
「トムとジェリーが見たい」
「大学と闘いたい」
「世界を倒したい」
そうしているうちにすみれの花は萎れて事切れてしまいました。よく考えていたらすみれの花は花ではなく
ただの雑草のようにも思えます。
暖房がぼーっと口から吐き出す風は、乾いただけでむしろぼくの身体を冷やし続けます。
なのでいま、あまりの寒さに空き教室の床で丸まっています。
そうだ、と立ち上がって「気合見せろよ!!!」と暖房をぶん殴りました。
暖房は言います。
「君の身体が冷え続けている原因は、僕のせいではない」
「ぼくの身体が温まらない原因は、君だ」ぼくは暖房が世界と繋がっているということにすぐに勘付きます。
暖房は知らんぷりしてぼーっと風を吐き続けます。
「女の子は柔らかくてあったかいって聞いたことがある」ぼくはひとりごとが得意です。
ちょうど部屋も暖かくなってきたので、すみれを女の子の代わりにして抱いて寝ます。
顔に近づけると葉が鼻の前で揺れました。ぼくはくしゃみをします。
そうすると、鼻がとれて歩き出しました。
ぼくはロシア語がしゃべれませんから、どうしたものかと思いました。
鼻はバレエを踊って教室から出て行きました。ぼくはそのまま眠りにつきます。
3.上坂すみれは紙の上で踊る。
空き教室で寝ていると、掃除をしているおじさんに起こされました。
ぼくは寝てる時に起こされると魂が抜けていくということについて説明しましたが、おじさんはメモをとっていました。
メモの内容を盗み見ると、「上坂すみれ」と書かれていました。
急にぼくが考えていることが筒抜けのような気がして、おじさんも世界に繋がっているとわかります。
すぐにメモを奪って近くの教室に逃げ込みました。
教室を見渡すと、女子大生がひとり、猛烈な勢いでパソコンに何かを打ち込んでいました。
女子大生は上坂すみれではなかったので、男でした。
だいたいの大学生というものは、世界と繋がっています。ぼくは教室を出ました。
大学という場所は、ぼくにとっては必要がないと気が付きます。
ですから、すぐにニコライ堂に向かいました。
町を歩いていて気がついたのですが、どうやらぼくの姿が周りの人に見えなくなっているようです。
そのせいか、歩道で実に二十四回も正面からぶつかるはめになりました。
これはすべてさっきから紙の上で上坂すみれの文字が踊っていることと関係がありそうです。
しかしぼくはいつも消え去りたいと思っているので、むしろ好都合です。
4.ニコライ堂のロシア人のおばさんにはぼくがみえる。
ニコライ堂で礼拝をしていると、ロシア人らしいおばさんが歩み寄ってきて祝福のパンをくれました。
「あなたはいったいどこからきたのかしら」
「ぼくが見えるんですか」とても驚きます。
「見ようとする人には見えるものなの」
扉がバタンと開いてデカルト教授とカント教授が言い争いながら入ってきます。
「ノマエとしての空間、ノエシスとしての空間を超越論的統覚から見るべきなのだよ」
「だがね、私もライプニッツは嫌いだよ」
話が噛み合っていないからころころ笑っていると、カント教授がこちらに気がついた。
「君は、どう思うのかね?」
「ぼくにはよくわかりません」
そう言って目をそらすと、祝福のパンのバケットの中に、ぼくの鼻があることに気が付きます。
ひょいと拾いあげて、鼻をくっつけるとぼくはすっかり元通りになったような気がしました。
思いついたように、くしゃくしゃに丸めた上坂すみれ(と書かれた紙)を広げて見ました。
そこにはひっそりと「シルバーペーパー」と書かれていました。
空想したプランを書く紙がほしいと思いました。
しかたないので、シルバーペーパーと書かれた紙の下に小さく書きました。
「――学びの過程を恥ずかしがらずに、趣味の探求をさらなる深みへ。」
――この小説はフィクションであり、実在の名誉幹事長、団体とは何の関わりもない。
竜崎大