ハッピー・ゾンビの素描
「俺はにんげんが嫌いだー」
ハッピー・ゾンビはふらつきながら言う。ろれつも回っていない。 夏の終わり、がやがやと騒がしかった虫たちは居なくなり、細い声で鳴く虫ばかりになった。風が秋色に染まり始めているが、まだ太陽が出ていると半袖で心地よく過ごせる。
「俺はにんげんがみんな嫌いだと思ってたんだ」
6人の男たちがぞろぞろと歩く。今は近くの川を目指しているところだ。横断歩道はどこにもないが、車が居なければどこだって歩道だ。向かい側に渡り、今は使われていない宿のような大きな建物を通り抜け、階段を降りると、視界が開けてすぐ下に川が見えた。そこから先は土の道があり、お世辞にもよく整備されているとも言えなかった。
「でも、ここにいるやつらは好きだ。みんな好きだ」
ハッピー・ゾンビは肩を支えられながらなんとか砂利が敷き詰められた川辺までたどり着いた。他の素面の4人はヒヤヒヤしながら見守っていた。残るもう一人の自立は出来るハッピー・ゾンビ(彼のことはダダリオ・カマロと呼ぶ)は普通に歩いていた。ハッピー・ゾンビは二人いた。
「頭ははっきりしてるんだよ。ただ身体がいうことをきかない」
手と足をぶっきらぼうに投げやって、川に削られて丸みを帯びた大きな石の上に座って言った。
「俺はここにいるやつらが好きだ」
ダダリオ・カマロが応えていう。
「オレも好きだぞ」 「でも俺はにんげんが嫌いなんだよ」 「オレも好きだっ!!!」
それを聞くと、ハッピー・ゾンビは突然ザブザブと川に入っていった。そして転んでひっくり返ってしまった。そこは浅瀬ではあったが、前日に雨が降ったためか増水していて川の流れが速かった。それに岩の表面に付着した苔がぬめり、足をとられてしまったらしい。 為す術もなく大の字になって流されていく。大の字のままゆっくりと回る姿は、椿の花房が川を下っていく様子に似ていた。服を着ているからか、よく浮いて、顔だけが水面から出ている。
「にんげんの死が見たい」
流されながら言った。4人は急いで駆け寄り遺体を捕まえて流されないようにひっぱった。頭まですっかり水に使っている。
「頭ははっきりしてるけど身体がいうことをきかない」
立たせようとしても脱力しきっていたためそれすらかなわず、引きずって川から出した。
「オレも好きだぞ~」
声の方を見ると、川上からダダリオ・カマロのサンダルが片方だけ流れて来た。それに続いてダダリオ・カマロが大の字になって流されている。ゾンビを介抱していた2人が慌てて川に入り捕まえた。ふたりが身体を起こしてやると、ダダリオ・カマロは川の流れを背中で受けながらそこで座り込んだ。
「水、あったかい」
水は冷たかった。 サンダルを取りに行ったもうひとりが水浸しのそれをダダリオ・カマロに渡した。
「でもしあわせなことだと思うんですよ。ここでこうしてることも、ここに一緒にくるひとがいることも」
ダダリオ・カマロはまだハッピー・ゾンビと会話していた。
「ここにいるやつらは、みんな好きだ」
彼も応えた。 川が轟々と流れていく。そこには6人の男たちがいた。その後食べた、川に晒していたトマトとビールは、申し分なく最高の夏の味がしたが、ハッピー・ゾンビたちは咀嚼をすれど、特に何も言わなかった。