シルバーペーパー

秘密結社「シルバーペーパー」

オノ・ナツメのススメ。入門としての短篇集「Danza」

極めて洗練された線のタッチと高いデフォルメ性で高い人気を誇るオノ・ナツメだが、私はどちらかといえば淡々としたコマとコマの感覚を評価していて、そんな氏の作品の中でも抜群の印象深さだったのは「not simple」という作品だった。結構な有名作なのでご存知の方も多いと思われる。

生き別れになった姉を探し求めるある男の一生と結末を描いた1巻完結の作品。少年売春や殺人といった、扱われるテーマの重さとは裏腹な、どこか他人ごとのように描かれ続ける画面のドライな感覚が海外ドラマのようなスタイリッシュさで展開されていて味のある作品だ。

not simple (IKKIコミックス)

not simple (IKKIコミックス)

私がこの作家を評価しているのはあまり内面に立ち入らず外側から描くことに専念しているから、というのもある。セリフ以外を省けるだけ省いて、内面描写はあくまで情景として描く。心情描写を文字で表さず仕草で表現させる、透徹した第三者目線での描写がまた乾いていていいのだ。これが一人語りで進むタイプの、エモーショナルな部分に訴えかける作風だとしたら私の評価は変わっていたに相違なかろう。

そんなことはまあよくて、最近買った氏のマンガ「Danza[ダンツァ]」である。これが大変お気に入りなのでレビューしておきたい。

Danza [ダンツァ] (モーニング KC)

Danza [ダンツァ] (モーニング KC)

「not simple」の約1年後に刊行された作品で、6作品を集めた短篇集である。

どれも不器用な男の愛情表現をテーマにした作品群だが、私の中でとりわけ印象に残ったのは氏の作品には珍しいSF作品である『湖の記憶』だ。

研究者である父と、その息子である一人の少年。冷え切った二人の関係に入ってきた一人の男は、タイムマシンで未来から来たと嘯く変人である。そんな男を訝しげな眼で見ている少年だったが、厳格なはずの父親はなぜか彼を受け入れて家族の輪に入れる。父親はその男の正体が、自分の発明している最中のタイムトラベル理論で過去から訪れた自分の孫だと気づいたのだ。物語の終盤でついに男が過去からやってきた目的が明らかになるのだが、あまり核心に触れてしまうと面白くないのでここらへんで筆を一旦止める。まあ、ぜひ読んで欲しい。これがまたよく出来た心温まる話なのだ。

基本的に全編レベルが高く、特に終盤の作品は後に刊行されるCOPPERSにつながる話であり、ばりばりのオノ・ナツメのファンにもそうでない人にもおすすめできる短篇集である。ここ最近買ったマンガの中でもかなりいい部類だった。

「自分の好きなものがいろいろ詰まっていて、名刺代わりに渡せるような、そんな一冊になったように思います」

さすがに作者がこういうだけのことはあって、オノ・ナツメというブランドが存分に発揮された一冊だと思う。