シルバーペーパー

秘密結社「シルバーペーパー」

権力分立とレームダック

同月五日、米国連邦議会で民主党が上下院ともに多数派を失った。オバマ大統領は任期終了までの残り二年、共和党が支配する議会を相手に苦しい政権運営を迫られることになる。いわゆる「レームダック(死に体)」というわけだ。

この状況は大統領制の持つ構造的な問題である。米国は議会も大統領も直接的な選挙で選ばれるが、時とともに移り変わる民意のために、両者はしばしば対立する政党が片方ずつを占める緊張状態になる。議会は大統領の意に沿わない法案を通して、大統領はそれに対抗するように拒否権と大統領令を乱発する。自動車に運転席が二つあって、運転手が二人とも違う方向にハンドルを回すような状態、まさしく政治の停滞である。

米国型大統領制、あるいは権力分立

米国の大統領制では基本的に議会も大統領も任期途中での解散・辞任はない。たとえ大統領が半ばで亡くなっても副大統領が執務を引き継ぐし、議会は大統領に解散されることなく独立して存在する。内閣が議会の信任を失った時点で総辞職か解散を余儀なくされる議院内閣制の国とは対照的である。

大統領制の狙いは権力の分立である。植民地時代、圧政の原因を英国の王権制にあると見た新大陸の指導者たちは、人権の保障と権力の分散を徹底することで英国のような圧政を行えない理想の人民政府を作り上げようとした。憲法起草時の予定では、特に議会による立法主導の統治を前提とし、大統領は法律を条文通りに粛々と執行するだけの事務的なポストとみなされた。

しかし、行政権の拡大(行政国家化)は米国でも例外なく起きた。外交の舞台では大統領の権限が拡大し、内政では省庁と人員の数が爆発的に増加した。行政の専門化が進み必然的に大統領の裁量の幅が広がることで、本来問題となるはずがなかった議会と大統領の二元の権力が衝突を始める。ここで厄介なのは、両者とも同等の民主的正当性を持ち、かつ相手に干渉する手段も限られるがゆえに、両者が対立状態のままで政治が硬直してしまうことである。

この硬直は民衆の不信を買い、結果的に民主主義の崩壊にまでつながることがままある。米国の影響を受けて大統領制を採用した中南米などの国々では大統領による独裁体制の確立や軍事クーデタに至ってしまった事例が数多い。米国は長い民主主義の歴史のもとで独特の政治慣習を育んできたので、これまで分割政府の状態に陥っても制度外の利害調整や党派を超えた議員たちの協力のおかげでなんとか決定的な対立を回避してこられたという例外的な存在である。しかし、制度によって担保されない政治システムは属人的な要因で崩壊する危険と隣り合わせである。結局のところ、大統領制は立法府と行政府が対立したときの制度的な妥協点が見出せていないのである。

英国型議院内閣制、あるいは権力集中制

では、大統領制と相対する位置付けで語られることの多い議院内閣制はどうだろうか。議院内閣制における政府の長(首相)は、同時に議会で最も支持を受ける議員である。議会の多数派が選出した人間である以上、立法府の大勢は首相に従うのが通常であり、実質的には立法が行政に追随する形になる。この民主的独裁とも呼べる体制は、政策を強力に推進する上では有効に機能するが、ともすれば専制的になる恐れもある。そこで、政権に行き過ぎがあったときは議会による不信任か、あるいは憲法裁判所の違憲判断によって「待った」がかけられる仕組みを留保しておくのである。二大政党制であればこの制限は消極的に用いられる最終手段になるが、多党制であればより積極的に働くだろう。議会における審議の形骸化や官僚主導の政治など議院内閣制にも問題点は多々あるが、少なくとも舵の奪い合いになるような事態は避けられる。これが一元的な権力体制を築く議院内閣制の利点である。

権力欲を持った人間の集う政治集団は、始まりの形はどうあれ独裁的な体制に帰結するのが常だ。これは洋の東西を問わない。議院内閣制はそうした人間の習性を認めた上で設計されている。そして、安定した民主的統治を実現している国の多くが議院内閣制を採用する欧州諸国や英連邦諸国であることは疑いようもない事実である。

レームダック」は許容されるか

大統領制と議院内閣制のどちらを選ぶかはまさに憲法制定権力たる有権者の判断であるが、米国民が今の政治に満足していると言えるかは怪しい。オバマ大統領の支持率は確かに低いが、連邦議会の支持率はさらに低く、政府全体への不信が高まっている。一人の国家元首を全国的な直接選挙で選出する過程は実に華やかだが、その興奮が高まるほど期待が失望に変質したときの政治不信は深刻になる。これに加えて分割政府の状態が起これば、もはや改善を望むことは難しい。「船頭多くして船山を登る」ことができないことは自明である。ならば、多少難が有っても多数派が選んだ一人に統治を信託し、国政を前進させるべきではないかと、議院内閣制を支持する私は考える。

アメリカ憲法は民主的か (岩波人文書セレクション)

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